2014年4月20日日曜日

阿修羅ガール

書名⇒ 阿修羅ガール

著者⇒ 舞城王太郎

出版社⇒  新潮社

分類⇒ 文学(幻想小説)
 
感想⇒   本書の著者は数年前から人気急上昇していて芥川賞候補にもなったことがあり、読んでみたいと思っていたがまだ読んでなかった作家の1人でした。
それで今回、やっと読んでみたのですが、読み始めた当初は期待を裏切られたという思いがありました。
まず、文章が主人公の一人称になっているのですが、今どきの若者言葉で書かれてあり、その今どきの若者に迎合したような書き方に不快さを覚え、内容も途中で関係のない話が挟まれていたりとか実在する有名芸能人や著名人が物語の中に出てきたり、主人公が乗っていた電車がいつの間にかアメリカ辺りの砂漠に来ていたりとか支離滅裂さしか感じられず、今どきの若者言葉の文体と相まって、ふざけたような内容にますます不快な気分になってしまったんですが、しかし物語の終わり間際まで読んできて、その構成の妙に思い当たり、少しはこの作品と作者を見直す気持ちになれました。
例えば、訳の分からない内容は、頭を殴られて死にかけている間に見ていた夢あるいは臨死体験による幻覚であったり、途中のストーリーとは無関係な話は深層で話の筋としてつながっているということに気付かされてなるほどなと感心したものです。本作品は三島由紀夫賞を受賞してますが、確かにそれなりに評価できる作品だとは思います。
ただ、この作品を純粋に文学として評価できるかというと疑問符は残っています。内容の支離滅裂さは、安部公房の『壁』などに見られるシュールレアリスム小説などがあり、それも芸術性として評価できるところはありますが、ただ、この作品を安部公房の超現実性による芸術作品と同じように見れるかというと、あまり芸術性が感じられませんでした。
また、この小説では内容にインパクトを与えるためか、一部に文字サイズを大きく印刷したりといった変わった趣向が凝らされていますが、これは、著者が芥川賞候補になって落選した時、その理由として選考委員が、文字サイズを変えたりするのは純粋に文学性を追求することとは違うというようなコメントをしていましたが、私もそう思ってます。
絵画やイラスト、あるいは絵本などと違って、文学はあくまでも文章表現で勝負するべきであって、文字サイズを変えたりするのは小手先の趣向でしかないと思いますし、あくまでも文章表現そのもので勝負してこそ文学だと言えると思います。
とは言っても、そのうち絵画やイラストなどと文学の垣根がなくなり、この小説のような作品がもっと評価されるような時代が来るのかも知れないですが。ただ、私はそれは 文学としては邪道だと思ってます。
そういう意味で、この小説は好き嫌いの評価が別れる作品だと言えるでしょう。
 


阿修羅ガール/舞城王太郎

阿修羅ガール/舞城王太郎





 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月13日日曜日

滴り落ちる時計たちの波紋

書名⇒ 滴り落ちる時計たちの波紋

著者⇒ 平野啓一郎

出版社⇒  文藝春秋

分類⇒ 文学(短編小説)
 感想⇒ 『日蝕』で緻密で重厚な文章表現をものしていた著者による純文学短篇集です。本書でもその文才あふれる文章表現が随所に見られる作品 でした。しかも本書では実験小説とも言える前衛的な作風にも取り組んでいます。
まず、『閉じ込められた少年』では、文章の進行が途中までは順次に進み、途中を境にして、それまでの話の筋を逆にたどって行く構成になっているという、未だかつて読んだことのない構成になっています。しかもその中盤を境にして逆に進む構成には全く違和感がなく読めるというところには感嘆しました。

『瀕死の午後と波打つ磯の幼い兄弟』ではその中に2つの話があり、その2つの話は全く接点もない別の話なんですが、その2つの話のラストがそれぞれにもう1つの話と比喩的につながっているという構成の妙が際立っていました。

『最後の変身』はカフカの『変身』をモチーフにした一人語りの内容の日記風小説なんですが、この作品の構成は日本の小説の常態である縦書きではなく、横書きの構成になっていました。

 このように本書は新境地としての実験小説にも挑んだ意欲的な短篇集となっていて一読の価値ありと言える内容でした。



 滴り落ちる時計たちの波紋

滴り落ちる時計たちの波紋




 

2014年4月7日月曜日

ある閉ざされた雪の山荘で

書名⇒ ある閉ざされた雪の山荘で

著者⇒ 東野圭吾

出版社⇒  講談社

分類⇒ 文学(推理小説)
 
 感想⇒ 昔は推理小説はよく読んでたのですが、ここ数年来は関心が薄れてしまって読んでませんでした。
それで今回は久しぶりに読んでみようと思い、今や直木賞作家でもある東野圭吾氏の本を読んでみました。
まず、物語の設定として、山荘内に集められた劇団のオーディションに合格した役者たちが、殺人劇の舞台稽古をしている間に、1人、また1人というように役者仲間が姿を消してゆき、そこで実際に殺人が起きているのではないかという疑惑が生まれるという凝った内容に新味があり、しかも、事件が三重構造になっているというのも意外などんでん返しの面白さがありました。
つまり、まず芝居として殺人劇を行なうというのが1つで、その中で実際 に殺人が起きていると思わせるのが2つめで、それも結局はある人物をだますための芝居であったという三重構造になっているわけで、読者を引っかけるトリックが物語全体の構成に仕掛けられていて、練りに練った構成だと感心させられた作品でした。
推理小説は最後に作者にだまされたという爽快感の心地よさが魅力ですが、この小説でも久しぶりにそれを味わうことができて得した気分でした。


 ある閉ざされた雪の山荘で

ある閉ざされた雪の山荘で


 

2014年3月30日日曜日

親指Pの修行時代



書名⇒ 親指Pの修行時代

著者⇒ 松浦理英子

出版社⇒  河出書房新社

分類⇒ 文学(空想恋愛小説)
 
 感想⇒ この作品は足の 親指が男性器に変形した若い女主人公の恋愛模様を描いた小説で、なかなか突飛な発想だなとは思いましたが、下ネタ連発の下品さには辟易させられてしまいました。
まあ、それも面白さ の1つで、奇抜な発想とユーモラスな語り口に楽しめる内容ではありました。
ただ、この本は上下2巻という長編なんですが、このような内容で上下2巻というのは冗長で長過ぎるし、1巻に短縮してもいいのではないかと思いました。



親指Pの修業時代 上 河出文庫 / 松浦理英子  〔文庫〕

親指Pの修業時代〈下〉 (河出文庫)  /松浦理英子 【文庫本】

親指Pの修業時代〈下〉 (河出文庫)  /松浦理英子 【文庫本】


2014年3月24日月曜日

日蝕

書名⇒ 日蝕

著者⇒ 平野啓一郎

出版社⇒  新潮社

分類⇒ 純文学


本書は芥川賞受賞作で、当時学生だった著者がデビュー作でいきなり大きな文学賞を受賞したので話題になった作品です。また、当時の最年少受賞者としても話題になってました。 
そして私は近頃まで知らなかったのですが、この作品には盗作問題が持ち上がり、特にインターネット上では著者への批判的論評も目立っていたようです。更にはその文章に関しても衒学的だと批判されていたようです。
そのように毀誉褒貶 相半ばするようなこの本作なのですが、文学に関して素人の私の感想としては、一読してその文学的表現には驚愕しました。その文章は古い文体で書かれていると共に、難語だらけで高度な文章技術とも言うべき奥深い表現で綴られており、私にとって驚嘆する内容ではありました。
しかも本書は著者がまだ23歳の頃に書かれたものだということです。23歳にしてこれほど高度な文章が書けるとは、しかもこれほどの語彙を知っているとは、と驚いたものです。
近頃の純文学には漢字をあまり使わない軽めの文体の小説が多いようですが、本書は古めかしい文体で難しい漢字を多用した緻密で重厚な作品に仕上がっていて私としては充分読み応えがありました。
このような文章を「知識をひけらかしている」と批判してる人もいますが、これほど緻密で重厚な文章を書けるのも才能だと言えます。また、今はインターネットで難しい漢字や言葉などはすぐ探し出せるから奇をてらって難語だらけの文章にして読者の気を引こうとしたのだろうといった批判もありますが、やはり才能がなければ、いくらネットで検索してもこのような文章は書けないでしょう。
話の内容も中世のヨーロッパを舞台に、哲学やキリスト教神学、当時のカトリックの内情や聖職者の堕落の問題、それに神秘体験などをちりばめた物語で、これもそれらに精通した才能なくしては書けないと思います。
私は盗作されたとされる小説は読んでないですが、明らかな盗作としては問題になってないようなので、話の筋が少し似ている、あるいは扱った題材が似ているという程度ではないかと思います。
私個人としてはこの小説は高度な文学だと言ってよいと思いました。
なお、この小説のカテゴリーは歴史小説・宗教小説・哲学小説・幻想小説などいずれとも決めかねているところなので、単に純文学としておきます。



日蝕・一月物語

日蝕・一月物語