2022年4月15日金曜日

書名⇒ 壁

著者⇒ 安部公房

分類⇒ 文学(空想小説)

感想⇒ カフカの『変身』を思わせるような非現実的な夢のような小説です。
シュールレアリスム(超現実主義)の文学版と言える支離滅裂な内容でしたが、
その支離滅裂な所が面白かったですね。

例えば青年の恋人が自分とそっくりのマネキン人形と
半分ずつ合体していて、
時にはマネキンになったり恋人になったり、
あるいは青年の名刺が、片目で見ると
その青年自身に見え、片目で見ると名刺に見えたり、
あるいはまた、胸の中の砂漠を旅していると思ったら、
いつのまにか自分の部屋にいるといったように、
ストーリーに脈絡がなく、いきなり飛躍している所などは
まさに夢と同じです。

その非現実的な夢のような物語展開が異様であり、
その異様さが斬新で面白い所でした。
現実を超えた夢のような物語が惹かれる所以だと言えますが、

物語というよりも、シュールレアリスムによる文章表現であり、
その抽象的な文章表現が芸術としての味わいだと言えます。

それは同じシュールレアリスムの絵画の場合でも同じで、
シュールレアリスムの巨匠サルバドール・ダリの空想と現実の交叉した
非現実的でありながら、リアルな描写が現実感も与えている、
その現実とも非現実ともつかぬ一種異様な夢のような表現が
芸術としての味わいになっています。

それから、本書を読んでいると、
つげ義春の『ネジ式』などの漫画作品も思い出します。

つげ義春の漫画作品も夢のような現実のような一種異様な雰囲気を醸し出している
まさしくシュールレアリスムと言える作品であり、
そこに芸術的な味わいが感じられるわけです。

芸術としてのシュールレアリスムは文学にも絵画にも漫画にも
表現され得る表現方法だと言えますし、
現実離れした一種異様な雰囲気こそシュールレアリスムの魅力だと言えます。

そして内面世界を超現実的描写として表現するのがシュールレアリスムの技法だそうですが、
本書の中の、例えば、青年の胸の中に吸収された砂漠が
壁になり、その壁が成長してゆくうちに青年の体も壁になってしまうというのも、
その超現実的描写の中に寓意が込められているのではないかと思います。
とは言え、正直、絵画にしても漫画にしても文学にしても、
抽象的な表現は何を言いたいのか凡人である私にはよく分からないのですが、
あまり難しく考えないで、その現実を超えた夢のような表現を楽しめばいいのではないかと思います。








2022年4月9日土曜日

足摺岬 他五編 

 書名⇒ 足摺岬 他五編


著者⇒ 田宮虎彦

出版社⇒ 旺文社

分類⇒ 文学(青春小説)

感想⇒ 久しぶりに読書感想文を書いてみたいと思います。
本書の著者は今まで知らなかったのですが、
戦前から戦後にかけて創作活動を続けていた文学者だそうです。

それで、この著者の作品を初めて読んだのですが、
本作は著者の経験を基にした自伝的小説で、
戦前の思想的に抑圧された時代を背景に、
暗く孤独な学生生活を生きる主人公を通して、
貧しい庶民の心情が心に迫り胸を打たれる内容の作品でした。

そこには、抑圧される貧しい庶民への共感に満ちていて、
左翼思想的なプロレタリア文学に通じるものがありますが、
しかし、本書には思想的な批判精神よりも、
抑圧される貧しい庶民への温かな眼差しが感じられます。

文学的にも、私の個人的嗜好からすれば、最も文学らしい文学だと感じます。












2017年3月19日日曜日

勝っても負けても  41歳からの哲学

書名⇒ 勝っても負けても  41歳からの哲学

著者⇒ 池田晶子

出版社⇒ 新潮社

分類⇒ 文学(随筆)

感想⇒ 著者の本は『14歳からの哲学』を読んで以来、その切れ味鋭い語り口が面白く、あれから何冊か読んでますが、本書も面白く読めました。

この著者の本が面白いのは、世の中で流行っていることや世間の人々から持て囃されていることに対して無条件に追従するのではなく、懐疑的立場から批評していくところにあります。

それは、「長いものには巻かれよ」という風潮や、自分で考えずに何でも他人の真似をし、世の中の動向に振り回される世間の風潮を、絶妙の文章力と哲学的論理力で批評し斬りまくっている爽快感にあり、そこに共感できるものがあるからです。

確かに世の中は流行を追いかける大衆の動きがあり、
それに乗り遅れないようにしようとする人たちがいて、
更に、それに乗らない人は見下されるような、そんな風潮にあります。

例えば、バレンタインデーにはチョコを贈り、
ホワイトデーにはお返しをするというのも、
菓子メーカーによって作られた流行であり、
大衆がそれに乗せられてしまっている現象ではないかと思いますね。

もちろん世の中の流行が全て悪いものという訳ではないですが、ただ世の大勢に無自覚に従うというのは、
時に愚かな生き方にもなってしまうのではないでしょうか。

ある人々から見れば著者の言ってることはひねくれているように見えるかもしれないですが、
世間で当たり前のこととして扱われていることを、
哲学者として、それらをひっくり返して自分で考える、
そういう生き方考え方を提示しているのが著者なのだと思います。

そういう哲学的論考を展開している本書なのですが、
哲学用語を使わず分かりやすい平易な文章で書かれたこの哲学エッセイは、しかし鋭く本質を暴いて見せています。
だから何度読んでも面白いのだと思います。










2017年3月8日水曜日

光の指で触れよ

書名⇒ 光の指で触れよ
 
著者⇒ 池澤夏樹

出版社⇒ 中央公論新社

分類⇒ 文学(家族小説)


感想⇒ 家族のそれぞれが自分探しをするという物語であり、
言うなれば家族の破滅と再生の物語とも言えます。

題材としては家族・家庭の危機という平穏ならざるテーマを扱っていますが、
物語は淡々と進んでおり、ストーリー展開としてはたいした起伏のない物足りない印象を持ちました。

また、本書ではレイキや精神世界とか、ヨーロッパのコミュニティ生活やエコなどの環境問題とか、恋愛、不倫など いろいろなものが盛り込まれていますが、しかしそれが却ってテーマが定まっていないようにも感じました。

そして、物語としては平坦過ぎてあまり心に響いてこなかったのも残念な点でした。

あと、本書では章によってそれぞれの登場人物の視点によって描かれていて、
そういう構成が新鮮な感じを受けましたが、
ただ、誰の視点で描かれた文章なのかよく分からなくなる部分もあって、
それが読んでいて少し混乱してしまうところでもありましたね。





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2017年3月1日水曜日

遭難者の夢 -家族狩り 第二部-

書名⇒ 遭難者の夢 -家族狩り 第二部-  

 著者⇒ 天童荒太

出版社⇒ 新潮社

分類⇒ 文学(社会小説)

感想⇒  随分ブログを休んでしまいましたが、久しぶりに読書感想を綴ってみたいと思います。
今回は以前本ブログで感想を書いたことのある『幻世の祈り』の続編になります。
本書では高校教師・巣藤浚介、刑事の馬見原、児童相談センター職員・氷崎游子それぞれが遭遇する事件と人間模様が描かれていますが、これら物語の登場人物たちは、微力ではあってもそれぞれに社会の問題を解決するために懸命に努力しているんですが、しかしその努力が社会に反映されていないというもどかしさを読んでいて感じました。
それはこの物語の中だけの話ではなく、現実の社会もまた同じように感じられるからです。
世の中を良くしようと努力している人は少なからずいると思いますが、それでも犯罪は減ることはなく、凶悪事件も頻発している現実があります。
そういう現実を写したものが本書だと言えるわけですが、重いテーマのため読んでいて何だかやるせない気分にもなってしまいます。
ただ、本書は社会問題をテーマにしていますが、サスペンス小説としての面白さもあり、私の場合、それがこの物語を読み進められる理由となっています。




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2016年9月30日金曜日

ルドヴィカがいる


書名⇒ ルドヴィカがいる  

著者⇒ 平山瑞穂 

出版社⇒ 小学館
 
分類⇒ 文学(ミステリー小説)

感想⇒ 長い間ブログを放置してしまいましたが、いろいろと雑用があってなかなかブログを書く暇がありませんでした。
それでも本は忘れず読んでました。どんなに忙しくても、私にとって本を読むというのは生きる上で必要な行為なのです。
それで一段落ついたので、久しぶりに読書感想を書いておきます。

私が思うには、近頃の軽めの文体・文章が多い日本文学界において、珍しく濃い言葉を紡ぎだす本格的な文学者と呼ぶに相応しいと思えるのが本書の著者なのです。
 私が著者の作風に傾倒しだしたのは『全世界のデボラ』という幻想小説を読んでからで、幻想小説こそこの作者の文学性が遺憾なく発揮されるジャンルではないかと思っていました。
ただ、残念なのは、この著者が幻想小説をあまり書いていなくて、恋愛小説が作品に多いということで、私は恋愛小説には関心 がないので他の作品を読んでなかったのです。
そんな中で、本書は題名の珍しさに惹かれて手に取りました。
そして本の帯には「ファンタジーともミステリーともいえる不思議な感覚」と書かれてあり、これは「当たりかな」と思って読み始めたのです。
 確かに内容はファンタジーのようなミステリーのような不可思議な感覚の作品でしたが、それと相まって私が惹かれたのはやはりこの作者の変幻自在な言葉の力にありました。
実際、話の筋はどうでもよく て、言葉を読むということ自体を楽しんだという方が当たっています。
そして言葉の1つ1つを噛み砕きながら読んでいる内にいつの間にか物語が終わってしまったという感じです。
読み終えて「これぞ文学」と言える作品でした。




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2016年4月9日土曜日

遠い時間

書名⇒ 遠い時間

著者⇒ 横山伸子  

出版社⇒ 宝文館出版

分類⇒ 文学(詩)

感想⇒ 久しぶりに詩を読んだので感想を記します。
一読して、幻想的な情景を特徴とする不思議な感覚の詩集だと思いました。
ただ、詩というのは小説と違って説明の部分を削ぎ落としているので、意味がよく解らないところも多いんですが、この作品にはそういった意味などを不要とする不可思議な抒情性がよく伝わっており、それだけで詩の楽しさを堪能することができました。
詩というものは直感的に伝わるものですから、説明などは不要であり、余計な説明を削ぎ落としているからこそ得られる文学の余韻というものが胸の内にいつまでも残るのだと言えます。






 



2016年1月16日土曜日

半島を出よ

書名⇒ 半島を出よ

著者⇒ 村上龍

出版社⇒ 幻冬舎

分類⇒ 文学(近未来小説)

感想⇒  少し遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
かなり長い間ブログ更新が止まってしまいましたが、これからも読書感想を書き続けていきますので、よろしくお願い致します。
では今年最初は村上龍の『半島を出よ』上下巻の感想です。
村上龍と言えば、私は若い頃にデビュー作で芥川賞受賞作の『限りなく透明に近いブルー』を読んだことがあるのですが、その作品には正直言って好感を持てませんでした。
文学作品としての質は良いのかも知れないのですが、その頃の私は文章表現よりもストーリーの内容で評価する傾向にあったため、退廃的で暗い印象の内容に好感が持てなかったのです。
それは作者の村上龍がその作品を監督して映画化したとき、主演した俳優の三田村邦彦も私と同じ思いを抱いたようで、その映画に出演していても「こんなの文学じゃない!」と言って反発していたと、後にテレビ番組で語っていました。
また、私の場合、その村上作品を読む前に下村湖人の『次郎物語』を読んでいて、同じ青春小説でも、両作品のあまりの内容の違いに、村上龍の小説に好感が持てず、それが作者にも好感が持てなくなり、それ以後、村上龍の作品は読んでませんでした。
それから長い年数が経ってから、本書の『半島を出よ』という北朝鮮を扱った小説を出したと知り、これまで私が抱いていた村上龍のイメージと違うように感じて読んでみようと思ったのです。
それに北朝鮮は何かと話題になり、私も関心 があったので、いったい村上龍がどんな内容に仕上げているのかと興味が湧いてもいたからです。
それで本書を読み始めたのが2008年の夏からで、途中、他の本と併読しながら、去年の暮れ近くにやっと読み終えました。実に7年半近くかかってやっと読了したというわけです。
読んだ感想はと言うと 、私が今まで抱いていた村上龍のイメージがこの作品で払拭されました。
北朝鮮の反乱軍が九州に上陸して福岡を占拠していくという内容の小説ですが、実にリアルに描写したその表現力、文章力がすごいと思いました。
その描写力は、どうでもいいようなことまでも丹念に事細かく書き込んでいくことによってリアリティを増していて、単なる絵空事とは思えなくなるほどの現実感と実在感を得ました。
昔の私だったら、こんな分厚い2冊の本を読んでいると途中で読むのに飽いてしまうところなのですが、本書は読んでいて全く飽きませんでした。
それはその丹念な描写力による現実感と緊迫感に依るところが大きいのだと思います。

また、著者はこの作品の中で、北朝鮮人を日本人側から見た敵国人という書き方ではなく、北朝鮮人に対しても同じくその生活や人間性などをあくまでも日本人に対するのと同じ目線で丹念に描写しています。
私たち日本人からすれば北朝鮮という国は得体の知れない国であり、北朝鮮人もまた得体の知れない人間のように思ってしまいがちですが、著者は北朝鮮人もまた同じ人間という存在として描いています。つまり、単なる悪者として描いているわけではないということです。
そこがまたこの作品にリアリティを与えているところだと言えるでしょう。
それにしても、私のような素人が偉そうな言い方になってしまいますが、この作品で村上龍を見直しました。





半島を出よ(上) [ 村上龍 ]
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半島を出よ(下) [ 村上龍 ]
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2015年9月2日水曜日

ホーラ -死都-

書名⇒ ホーラ -死都-

著者⇒ 篠田節子

出版社⇒ 文藝春秋

分類⇒ 文学(幻想小説)

感想⇒ タイトルの「ホーラ」というのはギリシャ語で、「その地域の中心」という意味だそうですが、この物語の舞台はエーゲ海の小島で、そこへ逃避行のような旅行でやってきた不倫関係にある日本人の男女が、「ホーラ」と呼ばれる廃墟から発せられる魔力によってなのか、不可思議な出来事に遭遇してゆくというストーリーになっています。
ホラー小説ですが、恐怖が主題ではなく、不倫関係にある主人公の罪の意識や心の葛藤が、超常現象やギリシャ正教の信仰、そして舞台となっているその小島の混沌と堕落の歴史などと絡んで描き出されているところにこの作品の文学的香りが感じられます。
以前にも書きましたが、私にとって幻想小説における幻想的な描写こそ文学的な表現が最大に発揮されているところで、文章表現の技工が凝らされた文学を堪能できる場面でもあります。
本書の著者もその文体や文学的表現の確かさによって幻想場面や主人公の心の動きを見事に描き出していて、文学としての面白さを味わうことができました。
ストーリーとしては最後は釈然としない終わり方ではありますが、映画などのようなすっきりした終わり方ではなく、必ずしもハッピーエンドとはならない現実を描いていて、それがよりリアルな読後感を残しています。








2015年8月17日月曜日

幻世の祈り   -家族狩り 第一部-

書名⇒ 幻世の祈り   -家族狩り 第一部-

著者⇒ 天童荒太

出版社⇒ 新潮社

分類⇒ 文学(社会小説)

感想⇒ 本書はエンターテイメントの形をとっていますが、近年ますます社会問題化している家庭内の問題、少年犯罪をテーマとして取り上げ、問題提起した作品です。
それだけに、現代社会のあり方について考えさせられる内容でした。
テーマとして見るなら、本書はまだシリーズの第1作であるため、物語の中で問題提起している段階ですが、著者の理念なり思想なりがその隙のない研ぎ澄まされたような文章表現と共に、読む側に訴えかけられており、その緊迫した思いが直に伝わってくる作品でした。
そして多様な登場人物たちがそれぞれに織りなす人間模様が、重層的に深みのある物語を構築していて、それがエンターテイメントとしての面白さを醸し出していました。







2015年6月22日月曜日

ゴールデンボーイ

書名⇒ ゴールデンボーイ

著者⇒ スティーヴン ・キング

訳者⇒ 浅倉久志

出版社⇒ 新潮社

分類⇒ 文学(サスペンス小説)

感想⇒ スティーヴン・キングは「ホラー小説の帝王」と呼ばれ、その作品はどれもベストセラーになり、映画化もされています。
本書に納められている作品の中では、『刑務所のリタ・ヘイワース』が『ショーシャンクの空に』という題で映画化されていますし、私は知らなかったのですが、本書の表題である『ゴールデンボーイ』も映画化されているということです。
私はスティーヴン・キングの作品は映画の方はいくつか観たことがありますが、原作を読むのはこの作品が初めてです。
映画を観た感想としては、それほど面白いとも思わなかったので、原作の方もあまり期待はしてなかったのですが、本書を読んでみて、その文章力と構成力に感服しました。
内容としては『刑務所のリタ・ヘイワース』は無実の囚人が長い歳月をかけて脱獄する話で、『ゴールデンボーイ』は元ナチ戦犯の老人と少年の交流から、その2人がそれぞれ別々に殺人事件を起こしてゆくというストーリーですが、その緻密な文章と、日常の身近で瑣末な事象をきめ細かく積み上げてゆき、しかも、その中に、結末へと導く伏線を張ってゆくという卓抜な構成力には驚きました。
スティーヴン・キングは単なるホラー作家ではなく、文学的力量もすごいなと感心したものです。
ただ、本書の中で難を言えば、『ゴールデンボーイ』で、老人と少年がそれぞれ別々に浮浪者を殺害してゆく展開について、殺人に到る動機となる心境の過程が描かれておらず、そのため、殺人事件へと展開するストーリーは唐突な感じを受けました。
その点を除けば、文学作品として素晴らしいと思いました。












2015年5月16日土曜日

沙門空海唐の国にて鬼と宴す

書名⇒ 沙門空海唐の国にて鬼と宴す

著者⇒ 夢枕獏

出版社⇒ 徳間書店

分類⇒ 文学(伝奇小説)

感想⇒  真言宗の開祖・空海を主人公にした小説というと正統派の歴史小説を思ってしまいますが、本書は著者の空想力が最大に活かされたエンタメ系伝奇小説となっています。
本書の内容は、遣唐使の留学僧として唐の国に渡った若き修行僧・空海が、官人の橘逸勢と共に妖しの事件に挑んでゆくという物語で、中国の史実とも関わる壮大な作品です。
物語は著者の脚色によるものですが、歴史上の人物との関わりをうまく使っていると感じます。
また、空海と橘逸勢は、『陰陽師』シリーズにおける安倍晴明と源博雅のような関係のようで、橘逸勢が頼りない人物として描かれているところがご愛嬌という感じがしますね。
面白さの中心は何といっても妖しに対して空海が呪術で対決する場面が最大の見どころでした。

また、楊貴妃の物語のところでは、年老いた楊貴妃の姿に思わず憐憫の情を感じたほどで、人生の盛衰に感情移入してしまう物語でした。
本書は全4巻の大作で、私は実は2009年1月から読み始めたんですが、途中他の本を読んでたりしてたので、全4巻読み終えるのに6年半近くもかかってしまいました。
全4巻もある話なので、正直、途中で中だるみするような感じも受けましたが、読み終えて、エンタメ小説として読み応えのある作品だったと思いました。